「米はジッカから送ってきまーす」と言う学生がいた。わたしは、「おいしそう。あなたのおうちは農家なのですか」とききかえして、ここでも昔人間であることを暴露してしまった。「いえ、親はスーパーで米を買います」と、相手はけげんな顔をしている。「スーパーなら、あなたの下宿のそばにだってあるのに、どうして自分で買わないの」と、思わずたずねてしまう。「親は、米を送ればちゃんと自炊するだろう、と思っているみたいです。
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コンビニ弁当ではダメ、というメッセージです」が学生の返事であった。学生は親心メッセージをしっかりと受けとっている。しかし、メッセージには、受けとる側の人、さらには発する側の人にも意識されていない別の含意がひそんでいはしないか。その昔、「いろり端のある家」と「茶の間のある家」とは、故郷の田畑で採れる米や野菜、果物と、漬け物その他の保存食の小包が送られてくることでつながっていた。